内藤忠行さん
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ハッセルブラッド553ELX&オリンパスPEN E-P3
カメラが欲しいと思ったのは中学3年のときだった。 写真でなら自分の感情や衝動を感覚的に表すことができるのではないか。家にたくさんの写真があったせいかもしれないが、本能的に写真が自分に合っていると思ったからだろう。文学、絵画、音楽、彫刻等、表現の道は色々あるのに私は写真家への道を選んだ。アルバイトしてやっと手に入れたのは、ライカマウントのヤシカYEにツアイスの35mmがついた中古カメラだった。ショーウインドウで見た時、他のカメラよりデザインがスマートで、手にも馴染んだ。うれしくて気になるものはなんでも撮った。半畳の押し入れを改造し暗室も作った。現像液に入れた真っ白な印画紙にゆっくり像が現れた時の感動は今でも忘れない。子供の頃に生き物たちをつかまえた釣竿や玉網がカメラになり、表現する喜びを知った。 ![]() 丁度その頃、私の未開の鼓膜を賑わせた感覚的でエモーショナルなモダンジャズにも夢中になっていた。蒼白い煙が漂うジャズ喫茶は、写真とジャズの本質と精神、普遍性と創造性を深く掘り下げる居場所になった。そして1964年、最初のテーマ「ジャズ」を撮り出すこととなる。ジャンパーの中にペンタックスのボディと望遠レンズを忍ばせてワールドジャズフェスティバルへ入場した。客席からだったけれど、大好きなウィントン・ケリーの壁にうつったピアノを弾くシルエットを素早く撮った。ジャズに導かれるように写真家としての一歩を踏み出すことになる。自分の才能に不安はあったが、ライブを撮りながら素晴らしいミュージシャンの個性を通して心の目を養い、独自のスタイルの創造とアプローチの方法をジャズから学んだ。
それから50年、被写体の変化と共にニコン、キヤノン、コンタックス、ハッセルブラッドとフィルムとの関係を含めて、その表現のイメージにふさわしいカメラを選び、創造の旅を続けてきた。その間、電気楽器が生まれ、LPからCDになり、ついにカメラもデジタル化し驚くほどクオリティーを上げながら多様に進化を続けている。それにより表現の幅もデジタルだというのに無限と言っていいほど広がっている。数年前からアナログとデジタルカメラによるまったく異なる作品を同時進行で作る状況になってしまった。 ![]() アナログはハッセルブラッドにフィルムを入れて桜を撮っている。25年前に着想したモノクロフィルムをベースにしたダブルイメージの方法で途中中断したため、遅れに遅れ、いまだにやり続けているわけだ。桜は和歌、俳句、詩、小説、日本画、着物、蒔絵等その表現の歴史は1200年あまり続いている。特に文学に比べると、写真は部分と全体を美しく撮っているだけで表現が浅いと言われ続けてきた。写真家にとって桜ほど難しい被写体はないだろう。歴史的には新参者だが、写真でしか表現できない方法があるはずだ。マン・レイやモホリ=ナジがそうだったように、私はハッセルブラッドで撮ったモノクロフィルムをベースにもう一枚を重ねる方法を創造した。イメージにあうモノクロフィルムを選び、赤血塩(フェリシアン化カリウム)を水で薄めた溶液を筆につけ、注意深く不必要な映像箇所を塗り消してゆく。オリジナルフィルムを使うので失敗は許されない。出来上がったネガフィルムにキュービズム的感覚でカラーフィルムで撮った桜を重ねる。大きなライトテーブルの上いっぱいにフィルムを並べ、まるでパズルのように絶妙の組み合わせを探し続けた。梶井基次郎や坂口安吾の桜感にインスパイアされ到達したこの方法は、時間と空間から解き放たれリアルでありながら幻覚を伴い、見る者の脳の中の桜と反応し幻想的花見をまぶたに映す。精霊の化身のような枝と花びらの組み合わせは雅な桜だけではなく、艶やかな闇の中にミステリアスな桜の森が現れた。 現実と妄想を繰り返し、そろそろ決着をつけなければと思いながらライトテーブルの上で花見を続けてきた。オリンパスPEN E-P3に出会ったのはそんな時だった。初めて手にした時はあまりにも軽く小さいのに驚いた。さらに私を歓ばし、新たな創作に向かわせたのはフィルター機能や最高感度で撮影した際のノイズの感覚だった。 20年程前から写真の抽象化について考えだした。新印象派のジョルジュ・スーラが光学的色彩の探究から生み出した点描絵画をデジタルノイズで置き換えた映像が浮かんだ。リアリティはノイズによってどう変化するのか。偶然にもE-P3でクリエイトすればできることがわかった。私はアナログカメラとデジタルカメラを区別も差別もしない。被写体をどのイメージで表現するかによりカメラを選択する。だからカメラとの相性がとても大切なのだ。 ![]()
![]() ステージ写真の先輩としてカメラ雑誌に掲載された松本徳彦氏の越路吹雪、水谷八重子、マルセル・マルソー等の写真を観て瞬間の構図や美の表出について学んだ。初めてお会いしたのは1998年。「モノクローム写真の魅力」(トンボの本/新潮社)への掲載の依頼を受けた時だった。写真に対する真摯な態度とスマートなセンスに好感を持った。そして現在でも写真界発展のために活動し続けている松本徳彦氏にバトンを渡します。 ![]() |
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