若木信吾さん
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ライカM6 TTL
カメラ選びはとても楽しい。これからずっと、あるいはしばらくの間は付き合っていくであろう相棒選びのようなものだ。それだけに慎重にならざるを得ない。最初に使っていたカメラはフラッシュフジカDATE、祖父が買ってきたものだ。このカメラから僕の写真歴はスタートした。そしてお年玉を貯めて最初に買ったカメラがオリンパスOM-3。どちらもいい相棒だった。アメリカの大学に入ってから、学割でハッセルブラッド500C/Mを手に入れた。写真を勉強する学生、特に広告写真や雑誌のカメラマンを目指す者たちには大人気のカメラだった。仕事の撮影にはブローニーサイズ以上の画質クオリティが必要だと盲信していた。 東京で写真の仕事を始めて数年後、ある仕事でアートディレクターの原耕一さんから次の仕事は35mm版で撮って欲しいとオーダーがあった。もうOM-3はとうの昔に売ってしまっていたし、手持ちの35mm版はビックミニが流行っていた当時買ったペンタックスのコンパクトカメラしかなかった。カメラ屋に行っても数多ありすぎるほどの35mm版の一眼レフのセレクションにまったく関心を失ってしまっていた僕に、「ライカがいいだろ」と原耕一さんが教えてくれた時には何か啓示みたいなものが天から降りてきた気持ちだった。ライカのことをなにも知らずに初めて行ったレモン社ですぐに買ったのがライカM6TTLとズミクロン35mmだった。まったく存在を知らなかったというか、意識してなかったものを意識しだすとあっという間に虜になるのが人情だ。もうこのカメラでしか原耕一さんのオーダーを叶えるものはないと勝手に信じ込んで、仕事のギャラを全額前払いでお願いして手に入れたはじめてのライカだった。 レンジファインダーカメラの最初の使いづらさも、これ一台しか撮影現場に持って来ていないから、ものにしなければならないプレッシャーであっという間に克服できた。何より気に入ったのが、覗いて見るものが「そのまま写るわけではない」ということ。レンジファインダーのカメラでは、レンズを通った画像は写真になってからしか見ることができない。写っているかどうかの不安よりも、新しい発見を約束してくれる期待感の方が上回って、撮ることが楽しくてしょうがなくなった。I am a camera というよりも、I am with a camera という感じ。まさに相棒と共にだ。生まれて初めてフジカで撮り始めた頃の新鮮さが蘇った気分だった。そしてレンズの素晴らしさが仕上がりのよさを数十倍に跳ね上げていた。 ライカによって、自分にとっての「写真を撮るという行為」が次第に変わっていった。多くのカメラファンがカメラ、レンズ選びが醍醐味だというであろうが、ファインダーを覗いてフレーミングを決めたりフォーカスの当たりや、レンズのボケ具合を気にすることが見るということではないということ。もちろん僕もオールドレンズを試したりするのは大好きだ。でもそれ以上に、カメラがあろうがなかろうが、見るという純粋な行為に集中でき、それが「写真になる」という興奮するハプニングを間近で体験できるのだ。 その年また沖縄での撮影が入り、(原耕一さんの仕事も沖縄だった)、ライカで勢いがついた僕はその撮影のためにトリエルマーを早速買い込んで勇み足で出かけた。ところが撮影中に車上荒らしにあい、自分が首にかけていたM6とトリエルマー以外の全ては、フィルムも含めて全て盗まれてしまった。その中には買って間もないズミクロンの35mmも入っていた。 この事件があってからなぜかライカにはカメラボディ一台につきレンズは一本に決めるべきだと自分の中での思い込みが始まった。そこから僕のライカ狂いは始まってしまった。人は都合のいいように考えて前に進むのだ。そしてオールドライカからデジタルまで今でもライカの台数は増えていく一方だ。 写真集『come&go』より 写真集『英ちゃん弘ちゃん』より ©若木信吾
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