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松本徳彦さん
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ニコンS
 写真に興味を持ち始めたのは、中学3年頃だった。ユーコントロールの模型飛行機仲間にカメラを持った人がいて、しきりに友人や景色を撮っていた。その格好よさがたまらなかった。高校時代は友人のカメラを借りて満開の桜や景色を撮ったりもした。新聞記者を志望して大学受験したがかなわず、受験のために下宿していた江古田駅に張り出されていた〈マスコミへの近道〉の看板に魅かれて、日大芸術学部を受け合格する。(1954年)
 喜びを胸に帰郷し父に「写真学科に行きたい」というと、開口一番「町の写真屋か」と問う。「いや違う。新聞記者になって写真を撮る」というと。再び父は「道楽はまともな会社に入ってからするもんだ」と一喝。助け船を出してくれたのが次兄で「おまえは器用だし、新しいもの好きだから、いいのでは」と勧めてくれ、入学を果たす。
 郷里尾道から東京へは、蒸気機関列車で約20数時間かけて上京。池袋駅のプラットホームからは両側に小さなビルがあるだけで焼け野原が広がっていた。大学へは自宅にあった蛇腹式のコダックレチナⅠa(目測、すべて手動式)をもって登校。年齢の違う人や、カメラを持たない学生などさまざま。江古田の校舎も木造2階建て、写真学科は校庭脇の平屋建てと粗末なもの。入学間もなく新宿御苑で金丸重嶺教授の講話を聴く。戦前、ドイツで学んだときの思い出や写真哲学を聞き、やっと写真への道に歩み始める。
 写真実習でポートレート作品を提出することになり、東京の友人の助けでバレリーナをモデルに撮る機会を得た。彼女の紹介で、日比谷公会堂で公演したアメリカン・バレエシアターのノラ・ケイの白鳥の湖を観て感激。大学行きを勧めた次兄の「やる以上は専門家になれ」の一言に励まされ、舞台写真の世界に飛び込むことにした。当時のカメラ雑誌には木村伊兵衛をはじめ大竹省二、稲村隆正、大束元、丹野章などの、欧米から来日する音楽家やバレエ団公演の舞台写真が掲載されていたのを手本に、何を撮ればよいのかを探った。しかし持参したレチナでは撮れない。夏休みに帰郷し父に、目的を果たすにはカメラが欲しいと懇願。当時精巧な日本のカメラといわれていた「ニコンS F1.4 50mmと105mmレンズ」(一式で10万円=国家公務員の初任給が8,700円の時代)を買ってもらい、54年の秋から舞台写真に挑戦し始める。
 翌55年スペインから来日したフラメンコスペイン舞踊を旧帝国ホテルの小劇場で撮る。
 フィルムは富士フイルムのSS(ISO100)で撮影(F4で1/25秒)プロマイクロール増感現像する。
 同年4月銀座松屋で開催された「ニッコールクラブ会員展」に四つ切プリント3点を応募し、2点入選する。翌56年発行の「NIKKOR No5」誌に「スパニッシュ・ダンサー」のタイトルで掲載される。写真界へ大学2年生でデビューするきっかけとなる。以後、来日する世界の舞台芸術家を撮り続ける。
 大学3年の夏、大学から初の女性週刊誌『週刊女性』を発行する主婦と生活社が写真部員を募集しているので応募してみてはと勧められ受ける。数回の面接ののち、10月10日の社長面接で「明日から来れるかい」と尋ねられ、「はい。ただ卒業するには2講座を受けねばならない」というと。「よかろう。採用する」と決まり。給与を頂きながら卒業する。見習いとして会社に入ってほどなく、週刊誌編集部から「君はインド舞踊を撮ったことがあるかい」と聞かれ、「その人なら昨年撮ったことがあります」と応え取材に出掛ける。有楽町のよみうりホールで「インド舞踊スジャタ・アソカ」を撮り、8×10のプリント10点ほどを編集部に持って行き、見開き2頁に3点が掲載された。入社2週間ほどでグラビア頁に登場するなど幸運に恵まれた。以後、人物撮影、ドキュメント、皇室取材に5年3カ月を経て、63年1月に退社しフリーの写真家として活動を始める。
 63年秋に開場した日比谷の日生劇場でこけら落としのドイツオペラを撮影。婦人誌で使用された写真を見て、劇場宣伝部から広報宣伝専属としてやってくれないかと依頼され、約25年間にわたって活動した。この間に新派の水谷八重子さんから、歌手の越路吹雪さん、劇団四季の舞台を撮り続ける。写真は劇場だけでなく、フリーの立場から種々の雑誌やグラフ誌でも使用されるなど忙しかった。個展の開催、写真集の発行など作品発表を続けた。
 この間に使用したニコンカメラは、レンジファインダーのSと一眼レフのF、F2、F3、F4と発展し、デジタルになってD3を使ってきた。レンズもワイドの24mmから超望遠の600mmまでの10本以上の交換レンズを使い分けてきた。写真家にとって大事なことは失敗が許されないことである。そのためにはカメラやレンズの性能は勿論のこと、故障しない機器である必要がある。その点で信頼できる性能を発揮してくれたのがニコンであった。
 ニコンSを使ったことのある人はお気付きと思うが、巻き戻しがレバー式になっている。裏蓋を外せば、フィルム枠が24×36mmと広い。こうした改造もサービスセンターでやってもらった。アクセサリーシューにレンジファインダーのマグニファイヤーを付けて、ピント合わせの精度を上げるなどの改造も引き受けてもらった。

 
スパニッシュ・ダンサー(1955年2月撮影)
『NIKKOR No5』に掲載。
マルセル・マルソー(1955年12月撮影)
日大芸術祭の看板として使用される。

舞台撮影ではニコンF4 2台にF2.8の300mmと80~200mmのズームでモノクロを主に撮り、ポジカラーはハッセルブラッド2台にF5.6の350mmとF4の150mmで撮影する。


ニッコール8mmフィッシュアイレンズで撮影(1957年)
   1958年の日大写真学科33年度卒業展で発表。毎日新聞が展評で取り上げる。
   その後『アサヒカメラ年鑑』1959年版に魚眼による「プール」が掲載される。

気象観測用の全天候カメラ、天空の雲量を測るために造られたニコン製魚眼レンズ。
6×6判フィルムを装填するレントゲン撮影用のカメラに焦点距離8mm、F8の巨大なレンズを付けたカメラを水平方向に向けて、東京駅前の新丸ビルを中心に撮影。
天空用であるため内蔵の赤フィルターをつけないとピントが合わない。ファインダーもないためカメラを三脚に据え、レンズの中心が水平方向に来るように固定して撮る。太陽がレンズに入らないように曇天の日を選ぶ。
F16、1/10 赤フィルターISO100 
©松本 徳彦

【展示会情報】
「しっていますかーヒロシマ・ナガサキの原子爆弾」展

主催 :公益社団法人日本写真家協会「日本写真保存センター」
会場 :日本カメラ財団JCIIフォトサロン(TEL:03-3261-0300)
所在地:102-0082 東京都千代田区一番町25番地 JCIIビル1階
期間 :2015年8月4日(火)~8月30日(日)/10時~17時
休館日:月曜(ただし祝日の場合は開館)
料金 :入場無料
その他詳細は下記リンクにて御確認下さい。


「芸能生活60年 水谷八重子の足跡」
水谷八重子さんが本年8月、芸能生活60周年を迎える。
その足跡を写真展で綴る。
1955年16歳のとき新派でデビュー。同時にジャズ歌手としても活動を始め、
コケティッシュな魅力から新進スターの座を射止める。
テレビ、ラジオ、映画と各方面で活躍する一方、中央競馬会の馬主、
ミュージカルシンガー、エッセイストとしても活躍する。
そんな八重子を初代とともに1974年頃から新派の舞台や歌手生活を
撮り続けてきた。その中から約50点をインクジェットプリントで展示する。

会場/期間/所在地/休館日:
●キヤノンギャラリー銀座(TEL:03-3542-1860)2015年9月10日(木)~9月16日(水)
〒104-0061 東京都中央区銀座3-9-7トレランス銀座ビルディング1F
10:30~18:30 (最終日は15:00まで)/日、祝休館

キヤノンギャラリー札幌(TEL:011-207-2411)2015年10月8日(木)~10月20日(火)
〒060-0003 札幌市中央区北3条西4-1-1 日本生命札幌ビル1F
10:00~18:00 /土、日、祝休館

キヤノンギャラリー梅田(TEL:06-4795-9942)2015年11月12日(木)~11月18日(水)
〒530-8260 大阪市北区梅田3-3-10梅田ダイビルB1F
10:00~18:00 (最終日は15:00まで)/日、祝休館

今回の語り手プロフィール
松本徳彦
Norihiko Matsumoto
次回の語り手プロフィール
英伸三
Shinzo Hanabusa
1936年 広島県尾道市に生まれ。 日本大学芸術学部写真学科を卒業。主婦と生活社に入社のち、1963年にフリーとなる。週・月刊誌、PR誌の仕事を中心に、海外の舞台芸術家や日生劇場、劇団四季、水谷八重子、越路吹雪などを撮影。2009年度日本写真協会功労賞受賞。現在公益社団法人日本写真家協会副会長、公益社団法人日本写真協会理事として活動。主な著作に『越路吹雪 愛の讃歌』(淡交社)ほか多数。   1936年千葉市に生まれる。東京総合写真専門学校卒。日本写真家協会会員。現代写真研究所所長。農村問題などを通じて日本社会の姿を追い続けた。
1992年から中国の上海と江南一帯の明、清時代の面影を残す運河沿いの古鎮を訪ね、「改革・開放」の近代化政策によって姿を変えていく街のたたずまいと人々の暮らしぶりを記録している。1982年に第7回伊奈信男賞受賞。主な写真集に『農村からの証言』(朝日新聞社)『新富嶽百景』(岩波書店)『上海天空下』(日本カメラ社)他多数。
氏は東京綜合写真専門学校の1回生で、ドキュメンタリフォトグラファーとして数々の作品を発表している。65年の「盲人―その閉ざされた社会」、「農村電子工業」、「農村からの証言」など、それぞれの時代の社会問題を鋭く捉えた作品群は定評がある。とくに農村の置かれている社会的状況や農民の生活環境を的確に掘り下げたドキュメントは出色である。現在、日本現代写真研究所所長として後進の指導に当たり、新進写真家の発掘に力を注いでいる。
語り手一覧
▶ 赤城耕一
▶ 榎並悦子
▶ 大坂寛
▶ 織作峰子
▶ 神立尚紀
▶ 齋藤亮一
▶ 坂口綱男
▶ 佐藤仁重
▶ 菅原一剛
▶ 鈴木一雄
▶ 高井潔
▶ 内藤忠行
▶ 英伸三
▶ 林義勝
▶ 広川泰士
▶ 松本徳彦
機種一覧(カメラ)
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▶ オリンパス OM-1N
▶ キヤノン F-1
▶ コンタックスRTS
▶ コンタックスRXII
▶ コンタックスST
▶ ディアドルフ8×10
▶ ニコンS
▶ ニコンSP
▶ ハッセルブラッド553ELX&オリンパスPEN E-P3
▶ ペンタックス67
▶ マミヤ7II
▶ ミノルタオートコード
▶ リンホフテヒニカ4×5
▶ ローライ コード
▶ ローライフレックス3.5F
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